2016年11月30日水曜日

勉強嫌いの講師

こんにちわ。学習塾FLAPS鶴川校です。

国語講師をやっています。伊東です。


『なぜ勉強するんだろう?』

そう思っている生徒さんは多いのではないでしょうか?

私も昔、考えたことがありますし、

学生時代の保護者の皆さんも、一度は考えたことが

あることと思います。

では、もうひとつ質問してもよろしいでしょうか?


『どうやって勉強することを納得しましたか?』

私の場合は、

そもそも納得していなかったように思います。

勉強する意味というよりは、


●ライバルより点数を取りたいという気持ち


これだけだったように思います。


中学生当時、クラスにどうしても越えられない女子生徒が二人いました。

488点で今回は一番だ!

と思ったらその二人は、

490点と489点。

(その後、私はやけになってしまって英語の答案に

「わかりません。」と書いて白紙で提出するという珍事を起こします。)

初代プレイステーションで「信長の野望」をやりたいのを泣く泣く我慢して、

テスト勉強に身を捧げたのに

報われなかった・・・・・・

そんな思いを強く感じた苦い思い出があります。

とにかく、その二人に勝ちたくて挑んでは負け、落ちこみ、自らを励まし、奮い立たせて

結局一番にはなれなかった中学三年間でした。


この

ライバルより点数を取りたいという気持ち

勉強する上で大切なモチベーションの一つになると思います。

結局、競争が待ち受ける社会に出てみて

そういう気持ちも大事だなと身に染みたからです。

もちろん競争だけではだめで、社会ではそこに共走という考え方も必要です。

すいません。話を元にもどしますね。

今日、何を伝えたいかというと

「勉強の意味」です。


なぜ、べんきょうするのか?

ずばり、













「問題を解決するため」







と最近、もっぱら考えてます。


ここでいう問題は、社会のありとあらゆる問題です。

やっぱり、生徒たちを見ていると

将来、世の中の役に立って、

たくさん感謝されるような人間になってほしいと思っています。

そこから考えると、今、生徒の皆さんが机の上で解いている問題は、

世の中に出たとき、問題を解決できる人間になるための

練習ではないかと思うんですね。

そういった身の回りの問題、つまり解決すべき課題は

やっぱり盛りだくさんだと思います。

その問題の大小は関係なくて、

年金の問題とか、終わらないシリア内戦とか、イスラム国とか、核爆弾とか

そんな大きな問題だけではないんです。

ただ、

多かれ少なかれ、

皆さんのこれからの人生に問題が起きないことがあるでしょうか?

トイレが流れないとか、軽はずみな言葉で誤解されてしまったとか


そんな問題を解決していかなければいけないと思います。

自分のためにです。。

今は代わりに解決してくれる人がいるかもしれません。

しかし、いつかは一人でこの世の中に立たないといけません。

だから、一人で立つとき、問題を解決できるように

勉強を通して問題の解決方法を今学んでいるのかもしれません。

ぜひ、紙の問題を解くという過程で、感じてほしいと思います。

あなたは解けるんだよということ。

あきらめてはいけないよということ。



学校の問題が解けなければ、「私はダメなんだ。」なんて勘違いはしないでくださいね。

問題を解く過程で

自制心やら忍耐力やらいろんなことを学んでいますよということです。

そして、

中学生、小学生の皆さんにはまだまだ、時間がありますよということです。

それでは、また来週。